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岩谷町を一望できる眺望良好な場所にあり、桜・つつじが多く、山あいに古館33ケ所観音が立っている。 |
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樹高55m、幹の円周7.5m、樹令400年といわれている。 (秋田県天然記念物指定) |
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根回り6m。 樹令350年。 春の宵、かすみがかったように眺望されたことから命名された。 (秋田県天然記念物指定) |
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名 称 |
所在地 |
由 緒 |
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楠正家は正成の4代あと、元中8年(1391)奥羽に下向。 南北朝統一のあと由利・河辺2郡を統治応永10年(1403)打越城で没した。 同地には「正四位上副将軍楠出羽守橘朝臣正家墓」と刻銘され、楠多右エ門正治が建立したものといわれている。 |
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竪穴住居方式。 将来大内町で史跡公園を計画している。 |
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口土器の出土地として知られているが、現在はほとんど出土していない。 |
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地蔵尊の裏山路を500mのところに、千人の武者をかくしたといわれる洞穴がある。 |
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名 称 |
所在地 |
由 緒 |
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平八作の鬼瓦 |
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祭神は火産霊命、御本尊迦桜羅、火伏せの神である。 例祭は6月18日。 神事として湯立神楽があり、さなぶりには長谷寺住職によって大般若の祈祿がなされている。 文化財として天井に是山和尚の「竜」の墨絵があり、石獅子三体・鬼面2対(4面)の鬼瓦が保存されているが、これは敦賀国藤原平八(川井平八)の作品、平八は石脇・岩井家の出身である。 |
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鎌倉時代の建立といわれている。 9月15日の祭典時には、おみこしの古式にのっとった行列で知られている。 |
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毎年旧歴の2月のはじめての午の日が例祭にあたり、勇壮なぼん天の奉納合戦で知られている。 |
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鎌倉時代の作といわれる聖観世音菩薩立像(像高92cm)の木像があり、秋田県文化財の指定をうけている。 (非公開である。) |
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その後山岳仏教の拠点となったが宝暦年間赤田の閑居様が再建し、慈雲豊国寺と称して多くの信仰をあつめている。 |
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名 称 |
所在地 |
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(曹洞宗) |
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堂宇は明治35年(1902)焼失。 大正6年(1917)再建。 境内に平和観音像がある。 (曹洞宗) |
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寛永10年(1633)創建。境内に忠魂碑。 小関川水害復興記念碑、つつじの大庭園、子育地蔵尊の大祭は2,000人を超える参詣者がある。 (曹洞宗) |
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和歌山県紀州、熊野の流れをくむ真言宗寺院である。 寛永元年(1624)に曹洞宗に改宗、山門の額は岩城町龍門寺の虎和尚の筆700年の法灯星霜を今日に伝えている。 (曹洞宗) |
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(曹洞宗) |
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名 称 |
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由 緒 |
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明治17年(1887)再建。 遠く天明の昔より続く。 社殿は華麗なる建築美。 数々の彫刻あり。 旧歴2月の最初の午の日に行われ「喧嘩稲荷」の梵天祭として有名。 |
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祭典は6月22日である。 |
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赤田の閑居様が再建したという。 大内〜岩城の峠近く、古杉にかこまれ子育て地蔵として毎年7月24日、例祭を開く。 「イボとり」の小石がある事で有名である。 |
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2m余りのセワラゲ棒を持った若者たちが新婚家庭を訪れ庭先に伏せてある臼を力まかせに打ったり、ついたりする。 この時の掛け声から「ワタワタ」と呼ばれる。 お嫁さんに、早くこの地区になじんでもらうための儀式ともなっている。 |
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名 称 |
所在地 |
由 緒 |
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