矢島町

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名        所

名 称

所在地

由     緒

鳥海山(国定公園)

秋田・山形県境

標高2.237.5m(塙山)出羽の富士あるいは、秋田富士と呼ばれ、国定公園であり、古くから山岳信仰の対象として、東北随一の霊山である。
噴火記録としては、敏達天皇7年(578)が最古で、文政4年(1281)までに十数回噴火している。
とくに享和元年(1801)には現在の新山を噴出し、平沢・象潟地区を泥流で埋めた。
また最近では昭和49年(1974)153年ぶりに噴火し、火山活動をみせた。
乾湿両源の高山植物が群生して変化に富み、チョウカイフスマなどの珍種もある。
矢島・小滝口など登山道も開発され、登山者も多く雪渓では夏スキーが楽しめる。
日本海に影を落す「影鳥海」は寄観である。
矢島口は登山の代表的ルートの一ツで、国道108号線の分岐点から五合目祓川(1,120m)まで22km、車で45分、バスで1時間で祓川ヒュッテに至る。
同ヒュッテは山頂までの登山、サマースキー等の最前線基地として賑わいをなしている。
毎年ゴールデンウイークにあわせ五合目までの車道の除雪を終了し、5月1日山開きが行われる。

イチイ

矢島町元町字新所

高さ・太さも矢島一であり生育もすこぶる良好である。
根回り3.45m、堆定樹令400年。
町では天然記念物に指定している。
(目通り回り2.6m、枝張東西15m、南北17.8m)

サイカチ

矢島町立石字下田表

根本に稲荷堂を祀ってある珍しい古木である。
根回り8m、推定樹令450年といわれ、町では天然記念物に指定している。

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史        跡

名 称

所在地

由     緒

根城館

矢島町荒沢

応仁元年(1467)由利に十二頭の地頭が下されたが、これを由利十二頭といい、信州小諸在大井の庄から矢島の主となって下ったのが大井義久で、この根城館と八森城を築いた。

八森遺跡

矢島町城内字八森

由利十二頭の雄大井氏の古城跡と伝えられ、後慶長年度に楯岡満茂が、又元和9年(1623)には打越光隆が共に領主としてこの城に入った。
後更に讃岐高松17万石の城主生駒高俊が故あって、矢島に移転、居城とした。
現在一部小学校敷地となっている。

土田家

矢島町元町相庭館

鳥海山北麓にある農家で、平面は土間に「台所」が張り出し、その上手は整型四間取りに配される。
指物を用いず刃の釿で仕上げた柱が一間ごとに立ち、古式で秋田県下では最古の民家とみられる貴重な建物である。
国重要文化財に指定されている。

魚形文刻石

矢島町
昭和28年指定

遺跡地は矢島町前杉台地東南斜面の杉林の中、前面は子吉川にのぞむあたりに位置している。
通称鮭石と呼ばれ、原始住民族の経済文化を示唆する希有の遺跡物である。
鮭の豊漁を祈ったものか、それとも鮭の死霊をとむらったものか、縄文時代中期のものとみられている。
(県重要文化財)

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神        社

名 称

所在地

由     緒

木境大物忌神社

矢島町城田字木境

祭神は鳥海山の神霊とされ、年々陰暦5月2日に「笈渡し」と称する祭典が行われ、藩から祭料が付与されたといわれるが、その祭式は伝わっていない。
秋には9月8日から10月7日まで30日間、修験18坊の半分、9ヶ坊づつ、一年交代で山籠して加持祈祷を行ったといわれ、旧矢島領の各町村は、順番で新穀の餅を供えて参けいするならわしで、今に至っている。

矢島神社

矢島町

生駒親王・同親敬が祭神とされ明治15年、旧矢島藩士140余名並に旧領民有士2,700余戸の代表4名から、時の県令石田英吉に生駒家の祖先親正の霊魂を祭祀したいとの出願し、県令からは、内務郷山田顕義へ上申して祭祀が許可になったもので、更に同30年に生駒家最後の主親敬の合祀も認められ、二体の祭神となっている。

神明社

矢島町城内

天照大御神・天之御中主・神少彦名神が祭神とされる。
明応2年(1493)創立、郷内の崇敬をあつめたが特に寛永17年(1640)生駒氏所領以来鎮守社となった。
例祭毎年9月6日〜7日、八朔まつりとして、町民挙げて賑やかに行われている。
八朔祭りは9月第2日曜日で、前日の土曜日が宵宮。

八幡神社
(県重要文化財)

矢島町荒沢字根城台

祭神誉田別尊。矢島町段丘の一角根城舘の一隔に建てられ、由利十二頭の雄大井氏の創建によると伝えられている。
厚い萱ぶきの一見特長に富んだ屋根型で、尚象鼻等の彫刻もすばらしく江戸時代前期のもので県内貴重な建物である。

金比羅神社

矢島町荒沢字根城台

生駒高俊公が寛永17年(1640)矢島へ移転のため、金比羅大権現神霊の分霊を奉持して、矢島陣屋構内に勧請したもので、従来より打矢氏が同所に奉祀していた稲荷大明神と合祀し、領地守護の鎮守とされたものである。

矢島招魂社

矢島町城内字八森

祭神は戌辰の後以来国家公共に尽くした人々の神霊。
片倉良吉外348柱で、各事変戦後に於ける戦没将兵を合祀している。
例祭5月2日

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お        寺

名 称

所在地

由     緒

金嶺山 竜源寺

矢島町城内宇田屋ノ下

生駒家の墓所菩提寺である。
元和9年(1623)打越氏が常陸国から矢島領主として移転に際し、打越氏と因縁のあった常陸国長国寺八世広和尚を伴い来り開基したと伝えられる。
寛永11年(1634)打越左近将監死去の後、寛永17年(1640)讃岐高松17万石の城主生駒高俊、故あって矢島1万石に移され、幽憤のうちに矢島に没しここに葬られた。
(曹洞宗)

正明山 寿慶寺

矢島町城内宇田屋の下

創立元禄15年(1702)開山。
好善院日行上人開基は生駒殿頭親輿といわれ、生駒家の祈願所。戌辰の役で庄内藩の兵が当寺で矢島藩守兵と戦い、堂宇は毀わされ寺宝は散逸したが、のち再建された。
戌辰の役古戦場でもある。
(日蓮宗)

鳥海山 福王寺

矢島町田屋の下

領主生駒高俊の祈祷所で古くは鳥海山別当の学頭の役をしめ矢島修験十八坊を支配した。
現在も毎月28日護摩祈祷が行なわれる。
(真言宗)

嶺松山 高建寺

矢島町立石字上野

開創は応永年間(1394〜1428)傑堂能勝禅師といわれ、大井五郎浦安公の菩提所である。
境内に樹令数百年の★竜松あり有名。
(曹洞宗)

大雄山 祥雲寺

矢島町城内宇田屋の下

仁賀保町の禅林寺14世心翁全達和尚によって開創された。
薬師瑠璃光如来、川辺村笹山館に創建され、元禄元丙午年(1688)竜源寺、役院欠乏のため現在の地に移り再建される。
(曹洞宗)

信行山 広祐寺

矢島町七日町字上山寺

始祖広西伊東氏の志を継ぎ子、広祐が寛文11年(1671)建立。
(真言宗)

八塩山 重学院

矢島町坂の下

元禄3年(1690)修験から明治5年に真言宗となる。
(真言宗)

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行        事

名 称

所在地

由     緒

坂の下番楽(県無形文化財)

矢島町坂の下

坂の下番楽は、京都三宝院に属する修験者本海行人の伝えるところで、猿倉・小栗沢・輿屋等その系を同じくするもので、旧藩時代は、御殿奉仕に参殿したといわれ、番楽の種目も十八種に及んでいる。

さいの神

小正月15日正月の飾りや注連を焼く火まつりで、全国的に分布するサギチョウなどと呼ばれる行事である。
ワカビとも呼ばれ、この火にあたると若返るとか、病気をしないとも言われ餅などを焼いて喰うならわしで、町内外の観客あり賑わう。

八朔まつり

矢島町の沢

神明社の祭典で、9月第2日曜日、宵宮土曜日に行われる。
宵祭りは迎え灯ろうが初秋の夜空を彩り、神楽太鼓がこだまする。本祭は椎児が引く六台の山車が祗園ばやし・けんばやし・さいさいばやしなどで賑わう。

鳥海山サマースキー大会

秋田県スキー連盟、矢島町・鳥海町が共催し、毎年5月、鳥海山を会場に行われる全日本スキー連盟公認のアルペンスキー大会。
昭和53年(1978)から開催され、競技種目としては大回転がある。

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特        産

名 称

所在地

由     緒

矢島町

昭和49年3月の鳥海山の噴火の影響で子吉川の水質が変わり、全く漁が行われなくなった。
毎年放流が行われ、最近除々に子吉川に鮎が見られるようになってきた。

鮎ずし

矢島町

清澄な鳥海山水系に生棲する鮎ずしは、美食家に喜ばれている。
昭和59年夏、皇太子妃両殿下が花立牧場を訪れた際のご昼食のご献立の一つ。

ぶどう羹
ぶどうしぐれ

矢島町

山ぶどうを原料にして作った羊羹で微妙な味をもっている。

原木なめこ

鳥海山麓

最近はなめこを求めて鳥海山に県内外からくる人が多い。

わらぴ・たけのこ

鳥海山麓

矢島町森林組合、他の業者により缶詰などで製品化されている。

ジャージー牛乳

花立牧場

ジャージー種は乳牛で、県内で2町、国内でも貴重な種類。
乳脂肪・蛋白質・カルシウム等ホルスタイン種に比べ栄養価が高い。
また無調整で、本物志向の時代で健康食としても高い人気がある。

鳥海山自然水

矢由町天寿酒造

木材(ブナ・秋田杉)

鳥海山麓

かつての乱伐により戦前より面積は少いが、登山道を包みこむように林立し秋にはすばらしい紅葉が楽しめる。

銘酒

矢島町

天寿・出羽の富士などの銘酒がある。

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