由利町

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名        所

名 称

所在地

由     緒

南由利原高原

由利町南由利原

鳥海山麓に広がる標高300m程度の高原帯で、町の面積の半分近くを占め、広大な鳥海高原の中核をなし、観光開発の拠点となっている。
南由利原青少年旗行村、65haの広さをもつ人造湖大谷地池、ミズバショウ・ノハナショウブや高山植物の群落、眼下に日本海、後に鳥海山をひかえる雄大な景観など、自然あふれる行楽地と評価され、広域観光の拠点として位置付けられている。
県では南由利原拠点開発事業を堆進している。

一本橋

由利町南由利原

東由利原・南由利原の境にある一本橋で、古くから両地を結ぶ交通の要所として知られている。
南由利原開発路線の要衝でもある。

大谷地池

由利町南由利原

64.5haの人造湖
旧鮎川村木内鉄治郎翁等により、灌漑用水地として築かれたもので、現在は南由利原観光地の主要をなしている。

抱合の松

由利町奉行免

根まわり12m、周通り(まわり)5m。
松と杉が抱きあうように植生していたが、松は枯れて杉だけになっているが、大きな根株は残り、当時をしのばせている。

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史        跡

名 称

所在地

由     緒

根城舘

由利町奉行免

根城館の地名は、文治5年(1189)由利八郎雅平が、叔父根城大毅維晟をここの城主としたことによる。
その後仲八郎政春が鳥海弥三郎に攻められて、鳴沢館からこの根城舘に移っているが、それもつかの間、正中元年(1324)鳥海弥三郎の急襲を受け奮戦利なく、多くの家臣とともにこの根城館で自害して果てた。

万箇将軍の墓

由利町町村

支那の宋の国から美玉など宝物を日本の朝廷に献上するため使節として使わされたのが「万筒将軍」である。
日本海で暴風にあい由利海岸に漂着したが、将軍の所持した献上品から光を発し、また紫雲たなびき、それがみな瑞光寺に止まるので将軍を瑞光寺に案内したが将軍は長旅の疲れと急病のためお寺で最後をとげた。
瑞光寺の住職が塚を立てて弔らった。
これが現在の「万箇将軍の墓」である。

鳴沢館

由利町南福田

文治5年(1189)6月、由利八郎維平が頼朝の恩命を受けて、旧領由利に帰った時に築城したものといわれている。
館跡は今は畑になっているが、維平の孫維久、維久の孫仲八郎等由利一族の居城で鳥海弥三郎との争乱で城を焼かれるなど歴史的な秘話が多い。
現在鮎川小学校の後の台地一帯であり、本荘市・由利の工業団地候補地でもある。

畑中喜右エ門の墓

由利町吉沢

今から約300年程前、吉沢部落は年々川岸が浸蝕され、田圃も潰廃し、家屋敷も危険にさらされるに至った。
当時滝沢郷の名主であった喜右ェ門は、河川の改修を度々代官所へ訴えたが、代官はその後訴えを憎んで捕えられ打首とした。
その墓である。

滝沢城跡

由利町前郷

滝沢郷1万石の領主兵庫頭政道の居城で山城であった。
慶長5年(1600)着工年8年に完工したが、主家最上家の悲運にあい元和8年(1622)本荘城とともに破却令が出ている。
城主は滝沢兵庫頭政範(政道の弟五郎)であった。

巴館跡

由利町字上屋敷

四条天皇の仁治年間(1240〜1243)木曽義仲の愛妾・巴御前の一門といわれる巴太郎頼勝の館跡といわれる。

神楽殿

由利町前郷

この建物は日枝神社の神楽殿として建てられたようであるが「芝居小屋」とも呼ばれている。
棟札には嘉永7年甲寅(1854)と記されている。

由利仲八郎政春の墓

由利町奉行免

根城舘の高所にあったが後現在地に移された。
正中元年(1324)政春は鳥海弥三郎の急襲にあい多くの家臣と共に自害、根城館に果てた。

山田合戦の跡

由利町山本

戌辰戦争の時、津軽藩から連合軍の応援にはせ参じたのは成田求馬(なりたもとめ)を隊長とする90名の一隊であった。
この時の合戦を俗に山田合戦といい、戦いの後に成田求馬魂碑が建っている。

竜洞寺

竜洞寺はもと森子八乙女山にあったが、慶長年中領主滝沢政道が滝沢城を築くにあたりこの地に移った。
竜洞寺がなくなってからは、大正2年まで小学校地として親しまれた所である。

前郷舟着場跡

由利町前郷

明治以前の車の便がまったくなかった滝沢郷の物資の運搬は、川舟運送による外なかった。
子吉川沿岸にはあちこちに舟着場があるが、特にここは鉄道開通の大正末期まで賑わいを呈していた。

八乙女山

由利町森子

養老年間仁賀保から移住したといわれる竜洞荒法師によって開発されたといわれている。

岩舟地蔵

由利町奉行免

名僧智仙は享保年間(1716〜1736)晩年にいたり、生涯の祈願であった地蔵堂を建てることになった。
矢島町板の下から巨石を運ぶことになり人々が怪奇の目を見張る中を智仙はその巨石に乗り、それをつなで引く女達のかけ念仏で子吉川を流して来たといわれる。
その石に地蔵尊を刻しそれを安置して地蔵堂の本尊とした。

尾留川安彦翁の胸像

由利町前郷日枝神社境内

尾留川安彦(明治元年〜昭和19年)自治功労者、東京高師卒後滝沢村長、県議会議員、由利郡農会長として農業組織の前身である信用組合などの活動、育成にカを注いだ。

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神        社

名 称

所在地

由     緒

日枝神社

由利町前郷59

例祭4月18日・9月8日。
祭神山王権現。
小友郷(旧小友村)舘前城主五郎(滝沢政道の弟)の氏神であったが、五郎の滝沢入部により遷宮された。

三光神社

由利町前郷舘町

「安産の神」として近郷近在から女性の参拝者が多かった。
昔(年代不明)アズキの盗難があり、「今朝あかいまんまを食ベた」とある子供がいったことからその家に嫌疑がかけられ、どんなに言い訳けをしても聞き入れられず、その子の親は子供の腹をさいてあかしを立てることを申し入れた。
二ツにさかれた子供の腹から出て来たのは田エビで、それを混入したのを「赤いまんま」といったことが証明された。
その子供をいたみ祀ったのがこの神社といわれる。

八幡神社

由利町川西字米山

祭神誉田別神、大山祗神他二神。
由利十二頭の雄、滝沢兵庫頭がこの地を要塞であるとして、永祿3年(1560)に城を築き、中城へ当社を勧請した。
現在地に鎮座したのは正徳3年(1713)である。
例祭4月15日。

白鳥神社

由利町川西字根城

祭神日本武命・天照大御神・典受大神他三神。
例祭4月15日。

大物忌神社

由利町森子八乙女下

町内神社中最も古く養老年中(717〜724)といわれる。
竜洞荒法師の拓いた鳥海登山口で、霊峯鳥海の遥拝所、日光月光12神がある。
例祭5月8日。

大日霊神社

由利町前郷山王町

昔南部の人勇源と称する者の遺品の笈の中にあったといわれる青銅製の大日如来像を祀ったとされる。
由利家の重臣が武運を祈って奉納したと云われる仏像の一体も祀られている。

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お        寺

名 称

所在地

由     緒

徳運山 慶祥寺

由利町前郷寺の下27

創立は貞和年間(1345〜1350)加賀の大乗寺三世明峰素哲に請じて開山。
開基は瑞雲慶祥比丘尼(由利5万8千石仲八郎政春の姉君)もと慶祥庵と称して米山にあったが、滝沢氏の代に現在地に移った。
(曹洞宗)

海潮山 大龍寺

由利町前郷

元享2年(1322)京都大竜寺僧法運によって開創。
由利仲八郎政春が帰依して開基となった。
本尊の如来は弘仁4年(813)伝教大師の作といわれる黄金仏で霊験あらたな秘伝である。
明治38年前郷の大火で、堂宇のすべてを焼失。
現在の本堂は大正3年再建したものである。
(浄土宗)

名高山 蔵昌寺

由利町土倉字名高

古くは権現山麓にあった三十三坊の一坊蔵昌庵と伝えられるが、慶安2年(1649)慶祥寺14世養山蘭育の開山といわれる。
天保年間大火にあい、堂宇、宝物、叶器ことごとく焼失したが、同13年、19世大鏡恵海によって本堂再建、開山堂は明治44年の建立である。
(曹洞宗)

慈雲山 瑞光寺

由利町町村木戸口

古くは天台か、真言の寺院ではなかったかとみられている。
伝説に大同2年(807)空海上人、加祥年中(848〜851)慈覚大師がこの地に巡錫とある。
元和4年(1618)再興、加賀の大乗寺明峯素哲大和尚を講じて開山。
その年号は明応元年(1492)と記録されている。
寺宝に慈覚大師作、木彫りの「布袋」がある。
(曹洞宗)

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行        事

名 称

所在地

由     緒

屋敷番楽

由利町屋敷部落

昭和46年12月18日県無形文化財指定。
天明3年(1783)大飢饉の際屋敷部落は凶作、悪病流行のため住民は塗炭の苦しみにおそわれ、当時荒沢(現在の矢島町)にあった番楽が御利益があるというので部落民がその地に行き習得し舞いはじめ現在にいたっている。

盆おどり大会

由利町

由利町商工会の主催によって、毎年8月14〜17日の間、前郷大町通りで行われている。

絵灯ろうコンクール

毎年お盆8月14〜17日の間盆おどり大会の際に一諸に行われている。

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特        産

名 称

所在地

由     緒

由利牛

由利町曲沢・新上条・由利高原

本荘由利ササニシキ

由利町

由利町周辺の特産として有名である。

鮎・鮭

由利町鮎川

子吉川中流域で孵化したものを放流して増産している。

高原野菜

由利高原一帯

開拓者の人々の努力により現在では白菜・大根に定評がある。

山菜(タケノコ)

由利町町村

この地方はもうそう竹、ガラ竹が特産である。

山菜かんづめ

由利町大水口

減反対策として初められたもので今ではその生産も軌道に乗り全国農業団体表彰を受けている。

ナメコ・シイタケ
エノキタケ

由利町土倉・新上条

減反対策及び出稼対策としての産業として全国表彰を受けている。

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